関西で転勤族の家庭に生まれ、日本の各地で育ち、島根に根を下ろして暮らし始めた、「株式会社 石見銀山生活文化研究所(以下、群言堂)」の群言堂本店・店長の奥野恭子さん。彼女は、なぜこの会社で働き、島根県大森町という地域に留まろうと思ったのでしょうか。

「根のある暮らし」に惹かれたから

群言堂本店カフェ

── 「群言堂」で働くまでの経緯を教えていただけますか?

奥野恭子(以下、奥野) 私が群言堂に辿り着いたのは、「根のある暮らし」に惹かれたから。大森町にこだわっていたわけではありません。もともと私は幼少期から転勤族で、鳥取や静岡とか、いろんな土地を転々としていました。

島根の出雲大社には、旅行で来たことがあります。けれど石見銀山がある大森町には訪れたことがなくて、私にとって未知の世界。正直、世界遺産の石見銀山がどこにあるのかも曖昧なくらいでしたが、本当に純粋な興味で、2014年の6月にこの土地へ移り住んだんです。

── ここに来る前には、どんなことをしていましたか?

奥野 群言堂に来る前には、関西で10年ほど薬剤師をしていました。

前職もすごく楽しくて、やりがいを感じていた。けれどいろんな出来事があって、自分の働き方や暮らし方を見直したいと思えたタイミングがありました。だから仕事を辞めてね、ドイツへ旅行に行ったり、瀬戸内国際芸術祭で1週間、いろんな島々を訪ねてみたり(笑)。食を見直したくて、断食やヨガをやってみた。そんなふうに、ただただのんびりとしていた期間があったんです。そんな生活を1年弱したときに、そろそろ働きたいなあと思い始めました。

── 薬剤師として復職することも考えられますよね。

奥野 なんだかそのときは、しっくりこなかったんです。

私が惹かれたのは、「根のある暮らし」という考え方、「暮らしながら働く」という言葉。そしてお洋服を着ることで、心が元気になる──そういう「服薬」の考え方が、すごく響いた。

群言堂本店カフェ

奥野 薬剤師をしていたときは、病気になった後に治療するための「服薬」と考えていたけれど、群言堂に来てから、「服薬」という言葉の意味を、病気をする前の予防、という意味でもとらえられるようになったんです。

ほら、女性は身につけるもの次第で、気分が良くなりますよね。その服の着心地だったり、触り心地が大切なのだと思います。私も群言堂で働きながら、大森町の暮らしを全国に発信してみたくなりました。そこで、群言堂の本店で働きたいとお願いしたんです。

「手のひら」には力があると思っています

群言堂

── 本店には、食事ができるカフェと洋服を売るスペースが併設されていますね。

奥野 はい。私は入社当時からお洋服のスペースを担当していて、スタッフのみんなも、お洋服、雑貨、カフェなど、それぞれ担当が決まっています。

2016年の春から、カフェのお食事のメニューが変わります。おむすびをメインでお出しする「むすび膳」は、ひとつひとつ心を込めて結びます。他郷阿部家でも使っている釜で、ごはんを炊くんです。東京の西荻窪にある「Re:gendo」でも、野菜のお寿司をメインでお出しする握り膳とむすび膳という料理を2015年の秋からご提供しています。

Re:gendoにて撮影。むすび膳
Re:gendoの「むすび膳」

── なぜ、メニューをおむすびに変更したのですか?

奥野 昔から「手当て」という言葉があるように、「手のひらには力がある」と思います。前職では、終末期の患者さんと関わることがありました。手で触れるだけで患者さんの痛みが和らいだり、心が落ち着いたりするということが実際にあって。やっぱり手には力があるんだって信じているから、手のひらでつくったお料理を出したいと思っています。

── 前職のご経験とつながっているところがありますね。

奥野 でも群言堂で働くまでは、食にこだわりを持たず、コンビニのお弁当を食べるような生活でした(笑)。ここに来て分かったことは、旬の食材を食べるのは、とても大切だということ。私が住んでいる寮の大家さんがくださる野菜や食材は、つくったひとの顔が見えるごはんです。隣人を思うことで、自分自身の心が楽しくなって、よりありがたく食べられる気がします。

── 分かる気がします。取材した農家さんの食材で食べるごはんは、おいしいです。

奥野 そうですよね。関西にいたときは、レストランでおいしいものを食べていたけど、料理の先にある季節やひとの顔をあまり見ようとしていなかったのかもしれません。ニュータウンに住んでいたので、大森町で同僚や町のひととご近所付き合いをしていると、仕事とプライベートの境界線が薄れてきているように感じています。暮らしながら働くことに近づけているのかも。

より楽しみながら快適に過ごす暮らしを

群言堂/奥野恭子さん

── 大森町に来てから、奥野さんの中で変化はありましたか?

奥野 今、私がいるこの場所で過ごす時間を大切にしたい。そう強く思うようになりました。

以前は夏になったら、暑いから冷房が効いているところにいち早く入りたいと思っていた。けれど大森町に来てからは、夏になったらお店の前に水打ちをして、道行くひとに涼しく過ごしてもらいたいと思います。冬になれば、火鉢を置いて、来てくれるひとに目で見て暖かさを感じていただきたい。

季節の移ろいを楽しみながら過ごす暮らしを、みんなに教えてもらっていると感じます。

群言堂/奥野恭子さん

── 良い環境ですね。群言堂の暮らしそのものが、ひとの共感を集め、商品になっていると思います。

奥野 そうですね。本店に来てくれたお客さまとも、商品を売るよりも、お店や大森の雰囲気を楽しんでいただいたり、お話したりすることを優先したいと思っています。たとえば、お店にご夫婦でいらっしゃったお客様の場合、奥様はお洋服に夢中で、旦那様はちょっと手持ち無沙汰になったから、ぼーっとお庭を眺めている、なんてことがあるんですね(笑)。ここなら、お店の窓から見えるお庭の話を旦那様とすることができます。

群言堂本店カフェ

そんなふうに、群言堂にいらした方とは、この空間を一緒に楽しんでいけたらと思っています。

お話をうかがったひと

奥野 恭子(おくの きょうこ)
兵庫県生まれ。 幼少期は父親の仕事の関係で兵庫県内や大阪、静岡、鳥取と各地を転々と移り住む。 関西で青春時代を過ごし、学生生活を終えた後、薬剤師として勤め始める。社会に出て10年が過ぎた頃にそれまでの暮らし方や働き方を見直すため、退職。 ゆっくりのんびりとこれからの人生を模索しながら過ごす中で、群言堂と出会う。 現在は大森町で暮らしながら、石見銀山本店の店長として店頭に立つ。

群言堂本店はこんなところ

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このお店のこと

群言堂本店
住所:島根県大田市大森町ハ183
電話番号:0854-89-0077
営業時間:10:00~18:00
定休日:水曜日

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